みなさん、こんにちは。FP黒田です。
最近、「人生会議(ACP)」という言葉を耳にする機会が増えました。
「人生会議」とは、もしものときに、自分がどんな医療やケアを受けたいのか、どんなふうに過ごしたいのかを、家族や大切な人とあらかじめ話し合っておくこと。
……と書くと、なんだか少し堅苦しく感じませんか?
でも、実はもっと気軽なものでいいのだと思います。
先日、朝のニュースを見ていたら、ガッツ石松さんのお別れ会の様子が映っていました。

祭壇には、赤いグローブ。
それを一緒に見ていた娘が、ぽつり。
「その人らしい祭壇にしたんだね」
そして、続けて、
「お母さんはどうしたい? 電卓とかにする?」
……。
娘の中では、母・黒田尚子といえば「FP=電卓」らしい(笑)。
思わず笑ってしまいましたが、これも立派な「人生会議」なのかもしれません。
「お母さんだったら、どんなお葬式がいい?」
「延命治療はどうする?」
「もし病気になったら、どこで過ごしたい?」
「誰にそばにいてほしい?」
そんな話を、改まって「さあ、人生会議をしましょう」と始めるのは、なかなか難しいものです。
でも、テレビを見ながら、
「自分だったらどうかな?」
と話す。
何かをきっかけに、
「私はこういうのがいいな」
「これは嫌だな」
と伝えておく。
それだけでも十分なのではないでしょうか。
厚生労働省も、人生会議は「正解を決めること」ではなく、本人が大切にしたいことや望む生き方、もしものときの医療・ケアについて、家族や信頼できる人と繰り返し話し合い、共有するプロセスとしています
もちろん、人の気持ちは変わります。
今は「こうしたい」と思っていても、病気になったり、家族の状況が変わったりすれば、考えが変わることもあります。
だからこそ、一度決めて終わりではなく、折に触れて何度でも話しておくことが大切です。厚生労働省も、人生会議は繰り返し話し合うプロセスであり、不安や迷いも含めて、その都度共有することが大切だとしています。
人生会議というと、「最期の医療をどうするか」という話に目が向きがちです。
でも、その根っこにあるのは、
「あなたは、あなたらしく、どう生きたい?」
という問いなのだと思います。
わが家の場合は、赤いグローブから始まって、最後は「電卓」。
そんな何気ない会話の中に、お互いの「その人らしさ」を知るヒントが隠れている。
それでいい。
むしろ、そんなところから始めるくらいがちょうどいいのかもしれません。
さて、私の祭壇に、ホントに電卓が飾られてたらどうしましょ。
娘には、「お母さん、絶対ヤダ!」って言っておいたんですけど。