みなさん、こんにちは。FP黒田です。
2026年8月1日から高額療養費の改正が行われています。
今年と来年の二段階で実施される予定ですが、弊所へもセミナーや執筆のご依頼が急増して対応に追われているところです。
そんななか、高額療養費に関わる気になる通知が7月31日付けで、厚労省から健康保険組合、日本年金機構、協会けんぽに発出されました。
「標準報酬月額の保険者算定の特例について」
みなさん、ご存じのとおり、高額療養費は、がんなど高額な医療費がかかりがちな患者さんやご家族にとって”命綱”ともいうべき制度です。
ただ、この制度には以前から、患者さんや医療関係者からも指摘されてきた、大きな問題がありました。
「病気になって収入が減ったのに、高額療養費の所得区分はすぐには変わらない」
というものです。
私はこれまでセミナーなどで、「病気の治療のために休職して収入が大幅に減っても、所得区分がすぐに下がるわけではありません」と説明してきました。
その理由は、「所得区分」の決定方法にあります。
高額療養費の自己負担限度額は、年齢や所得に応じた「所得区分」で決まります。
所得区分は、会社員や公務員などの被用者保険の場合、原則として「標準報酬月額」(≒毎月の給与)をもとに判断される一方、自営業・自由業などの国民健康保険の場合、「前年の所得」(≒世帯全体の年収)などをもとに判断されます。
つまり、病気になって「今の収入」が大きく減っても、会社員なら標準報酬月額、国保なら前年所得で判断されるため、所得区分もタイムリーには変わらない、というのが現状です。
そして会社員の「標準報酬月額」というのは何かというと、毎月の給与(基本給だけでなく、残業代や通勤手当なども含む)の額を一定の幅の「等級」に当てはめて決めたものです。
原則として年1回、「定時決定」によって、4~6月に支払われた給与をもとに9月から翌年8月に適用になる額が決定します。あるいは、給与が大きく変わった場合には「随時改定」が行われます。
標準報酬月額の決まり方はこちら
そのため、病気になって急に収入が減っても、すぐに高額療養費の自己負担限度額を左右する所得区分が下がらないのです。
実際、私が顧問を務める患者家計サポート協会の調査でも、「収入が減少した患者の約9割は、収入減少前の高額療養費制度の負担区分のまま、医療費を支払い続けている」という実態があります。
調査の詳細はこちら
そんな中、冒頭ご紹介した、2027年1月から開始予定の「標準報酬月額の保険者算定の特例」とはいったいどのような特例なのか!
通知を見た時
「おお! ついに患者さんの要望が通って、治療による収入減に合わせて所得区分も柔軟に見直されるようになるかも!」
――と、一瞬、喜びました。
ところが、通知をよく読んでみると……。
どうやら、そんなに単純な話ではなさそうです。
この特例は、がん患者さんだけではなく、療養・育児・介護と仕事を両立するために「就労調整」を行った結果、報酬が急減した人について、標準報酬月額を通常より早く改定できるようにするものです。

具体的には、就労調整によって標準報酬月額が従前より2等級以上低下し、しかもその状態が3か月以上続くことがあらかじめ見込まれることなどが要件となります。
ここで重要なのが、「就労調整」という言葉です。
これは、治療のために仕事を完全に休む、という意味ではありません。
たとえば、治療と仕事を両立するために、勤務時間を短縮したり、残業を減らしたりするなど、働き方を調整しながら就労を継続することが前提です。
そのため、治療のために休職して、傷病手当金を受給している人が、「収入が減ったから、この特例で標準報酬月額も下げてもらおう」という制度ではないと読み取れます。
通知でも、報酬減となった初月の全部にわたって勤務せず、報酬が一切支払われなかった場合は、療養等と仕事を両立しているとは言い難いため、特例の対象外とされています。
つまり、
「仕事を休んだから救済してもらえる制度」ではなく、
「治療をしながら、働き方を調整して、がんばって仕事を続けている人」を支える制度
ということのようです。

では、何がこれまでと違うのでしょうか。
ポイントは先ほど少しご紹介した「随時改定」との比較です。
通常の随時改定は、固定的賃金の変動があり、その後の3カ月間の報酬などを確認して、標準報酬月額を改定するというものです。
ところが、今回の特例では、療養・育児・介護との両立のための就労調整によって報酬が急減した場合、固定的賃金の変動がなくても、報酬が減った初月の報酬総額をもとに標準報酬月額を改定できることになりました。
つまり、通常の随時改定を待つよりも、現在の収入に合わせて標準報酬月額を早く見直せるわけです。
そして、ここが高額療養費との関係で注目されるところです。
高額療養費制度では、所得区分によって自己負担限度額が変わるわけですから、病気になって働き方を変え、収入が大幅に減った人にとって、標準報酬月額が早く実態に合わせて見直されることには、大きな意味があります。
これまで「病気になって収入が減っても、すぐには所得区分が変わらない」と説明してきた私としては、今回の制度は一歩前進……と期待したいところです。
ただし、「誰でも収入が減れば所得区分が下がる」という制度ではありません。
あくまでも、仕事と治療の両立支援の一環としての特例ですから、「頑張って就労継続する人」が対象となります。
さらに、実務面でも気になるところが多々あります。
それが「報酬減となった初月の支払基礎日数」です。
今回の特例では、療養等との両立のための就労調整によって勤務しなかった日があっても、所定労働日数に変更がなく、使用関係が継続している場合には、その勤務しなかった日も支払基礎日数として扱うとされています。
これ、実務を担う社会保険労務士さんからすると、「では、具体的にどこまでをどう数えるの?」という悩ましいコトになりそう。
これまでの随時改定では、基本的には「実際に出勤した日」をベースに確認していたのに、今回の特例では、療養等との両立のために休んだ日も、一定の条件のもとで支払基礎日数に含めるという考え方が示されています。
制度の趣旨は理解できても、実際のケースはそう単純ではありません。
たとえば、治療のために通院日だけ休む場合、勤務時間を短縮する場合、残業を減らす場合など、働き方は人によってさまざまです。
さらに、事業主側も、本人の就労調整が「療養等と仕事の両立のためのもの」であることを確認し、必要な書類を保存するなどの対応が求められます。
「患者さんが希望したから、会社がすぐ特例を使ってくれる」というほど簡単ではないのが現実だと思います。
なお、標準報酬月額が下がれば社会保険料の負担は軽くなりますが、それだけを見て判断するのも禁物です。
通知でも示されているように、今回の特例を利用すると、将来の年金給付が減少するほか、傷病手当金や出産手当金にも影響が生じる可能性があります。そのため、本人がこうした点を十分に理解したうえで、書面で同意することが必要とされています。
ですから、「高額療養費のハードルも下がるし、保険料が安くなるからラッキー!」という単純な話ではありません。
今回の特例は、2027年1月1日から適用される予定です。
ただし、実際にどのようなケースが対象になるのか、就労調整の具体的な判断、支払基礎日数をどうカウントするのか、事業主はどこまで確認すればよいのかなど、実務上、気になる点が多々あります。
いずれにせよ、この特例の本来の目的は、
病気になっても、働き方を調整しながら、できるだけ安心して治療(+育児や介護)と仕事を両立できるようにすること。
ということは理解できます。
ただ、実際には、相談者の大多数を占める休職して傷病手当金を受給中の患者さんは、特例の対象にならないようです(そっちは、傷病手当金が受給できるから良いでしょということなのか…)。
また、高所得の夫の扶養に入って治療をしている妻(夫の所得区分で判断されるので自己負担限度額も高くなりがち)、私のような自営業・自由業で国民健康保険に加入している人はこれまで通りです。
なお、2026年8月10日現在、この特例に関する具体的なQ&Aはまだ公表されていません。
2027年1月の施行に向けて、正しく制度を理解し、適切にアドバイスできるよう、今後、厚生労働省から具体的な事例に即したQ&Aや事務取扱いが示されることが期待したいところです。